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「会計」を通じて社会の理解を深めるために

8面記事

企画特集

ワークシートはタブレットで表示できる

 『中学校学習指導要領解説社会編』の公民的分野において「企業会計」「会計情報の活用」について明記された。日本公認会計士協会(手塚正彦会長・東京都千代田区)は昨年夏、中学校向け教材「『会計情報の活用』授業支援パッケージ」を公表。「お金を扱うことには説明責任が伴う」という観点から学校の授業をサポートし、会計の基礎的な素養の育成につなげたい考えだ。
 監修者の樋口雅夫・玉川大学教授による本教材の指導や活用のポイントについて話を聞いた他、本教材を用いた2校の授業実践を紹介する。

外部との連携で社会に開かれた教育課程の実現へ
樋口 雅夫 玉川大学教育学部教育学科教授・元文部科学省教科調査官

中学から基礎の積み上げを
 今回の新教育課程は全体にわたって「社会に開かれた教育課程」という理念を貫いている。学校教育を学校の中だけで終わらせず、社会のさまざまな専門家や専門機関と協働して展開することが期待されている。特に、公民的分野は外部との連携でいかによりよい授業ができるか、社会に開かれた教育課程を実現していくかが問われている。
 また、成年年齢の引き下げに伴い、主権者教育、消費者教育、金融教育の指導が高校で前倒しの扱いとなった。その基盤として、今回、中学校においても金融教育などの内容が充実されることになった。これが中学校社会科公民的分野での大きな変更点といえる。会計に関する内容もその一つと位置付けられる。

会計基礎教育の意義
 子どもたちが成長する中で、会計に関する知識を身に付けることが必要だという認識は、誰しも一致するところだろう。中学校の社会科公民的分野では、企業会計の意味や会計情報の提供や活用、起業についての記述が加わった。
 これまで、市場経済の仕組みや、需要と供給などのマクロ経済の観点を中心に学んでいたものを、生徒たちは、自分たちと経済とのつながりの視点にまでより一層踏み込んで学ぶことになる。株主などが資金を企業に出資する「直接金融」、銀行が企業に資金を貸し付ける「間接金融」の理解のみならず、会計に関するより具体的な学習への取り組みが期待されている。
 ただし、これは「財務諸表の読み方」を指導する、という意味ではない。中学校段階では会計というものの存在を知り、公正な経済活動を支えるために機能していることを押さえ、それがよりよい社会構築につながるという視点を持たせたい。

2種類の指導案で柔軟に対応
 会計に関する知識に自信がない、授業のイメージがわかないなどの理由から「会計」の指導に不安を感じる教員もいるだろう。その不安を解消する手立ての一つとして、本「授業支援パッケージ」は企画された。
 パッケージは2パターンの指導案、共通のワークシートや資料で構成した。会計を取り扱うのが初めての先生には1時間のうち15分間でポイントを伝えられるパターンAを、また、授業でしっかり扱いたいと考える先生には1時間分のパターンBを提案した。学校や生徒の実態等に応じて活用できるだろう。
 教材作成にあたっては、公認会計士と中学・高校の現役教員が協働で進めた。まず、会計情報の提供と活用が、どのような意味やメリットを持つか、その本質を会計の専門の立場から明確化し、現役教員が専門的な会計用語を用いずに、生徒が理解できる表現や内容に組み立てる作業を担った。会計の本質をわかりやすく学べる教材となっている。

授業実践事例
起業に必要な資金から「会計情報活用」を考える
練馬区立大泉学園中学校

具体例から理解を導く
 「会計情報の活用」を授業でどのように教えればよいか。練馬区立大泉学園中学校の藤田琢治主任教諭は「『会計情報の活用』授業支援パッケージ」のパターンAを用いて、1単位時間の一部で「会計情報の活用」を取り上げている。
 学習指導要領では、公民的分野「B私たちと経済」「(1)市場の働きと経済」のイの(ア)「個人や企業の経済活動における役割と責任について多面的・多角的に考察し、表現すること」に相当する。
 ここでは「起業について触れるとともに、経済活動や起業などを支える金融などの働きについて取り扱うこと(内容の取扱い)」と記載されている。身近で具体的な事例に始まり、論理的に「会計情報の活用」の必然性に気づく授業が展開できれば理解が深まりそうだ。そこで、藤田教諭は「貨幣の役割と金融」の単元で今回の教材を使ってみることにした。

会計の必要性を図で理解
 導入として、前時までに学んだ市場経済の仕組みを振り返り、教科書に沿って貨幣の役割や金融について解説していく。歴史分野で学んだ「富本銭」に触れ、物々交換をせずに貨幣を用いるメリットをまとめた。
 現代の子どもたちは電子マネーや保護者が使うスマートフォン決済など「キャッシュレス」生活にもなじんでいる。そこで、一つ先の単元である「預金通貨」に触れ、現金通貨を使わなくても、預金額から引き落とされ、数字が書き換えられるようになっている点も押さえていく。
 そのうえで、生徒がもし、自分のアイデアで「起業」するなら、お金をどう融通するかを考えさせた。「お金を借りるのは、自分が遊ぶためではなく、アイデアを実現するため。それは私たちの生活をよくする可能性を持っている『働くお金』になる」と、「資金」「金融」の意味を定義づけたうえで、本パッケージの教材(1)「会計情報の提供と活用」で「間接金融」「直接金融」の違いを確認する。これらは教科書にも図示されている内容だが、教材のほうがより詳しく、資金の流れと「会計情報の活用」の関連性がわかるようになっている。
 次に、教材(2)「会計情報の提供の必要性」に入る。「もし私が起業して、皆さんに『お金を貸してほしい』と、言ったらどうしますか?大事なお金だから簡単には貸せないですよね」と、藤田教諭は投げかける。
 「少しずつ貸す」と答えた生徒に、「そうだね、たくさんだと危ないよね。じゃあ、もっと貸してあげようと思ってもらうために、私は何をしたらいいだろう?」と、視点を変えて問い返す。すると「成功するかしないか、保証がほしい」と発言を引き出せた。
 そこで「どんな保証があれば、お金を貸せるか?」と全体に投げかけたうえで、「会計情報」を紹介する。「売上や利益がどれぐらい出ているのか、これまでに借りているお金はいくらかといった会社のお金の流れを会計情報と言います。それらがはっきり分かったら、お金を貸せますね。逆にそれが分からなかったら危なくて貸せないのです」と、効率と公正を叶える手段の一つが、会計情報の提供や公開、活用だと落としこんで授業を終えた。
 生徒の身近な消費行動を例に挙げ、分かりやすい言葉で繰り返し言い換えながら、教材を読み解けば、生徒は会計情報の内容や役割を理解することができた。
 授業支援パッケージを活用してみて、藤田教諭は「学習指導要領解説に記載されている『会計情報』を取り扱うための実践的な教材だと感じた。会計については戸惑っている方が多いと思うが、貴重な教材なので活用してみてほしい」と話す。次時で扱う「銀行の役割」でも、今回の教材を通して生徒が考えたことを、導入として活用することができそうだ。


タブレットに教材を表示して解く

授業実践事例
会計情報を開示・活用する意義を身近なものから考える
筑波大学附属駒場中学校

1単位時間で発展的な学習を展開
 学習指導要領解説では、企業会計の意味を考察する際、企業の経営に関心を高めるとともに、利害関係者への適正な会計情報の提供および、提供された会計情報の活用が求められていることを理解することも大切だと記述されている。
 「『会計情報の活用』授業支援パッケージ」のパターンBでは、実際の新聞記事などを使用し会計情報を開示・活用する意義について、1単位時間で発展的な学習の展開を示している。
 この指導案をもとに、筑波大学附属駒場中学校の山本智也教諭は、「会計は何のためにあるのか」を主題に「効率と公正」の視点を交え授業を行った。

実在の企業の会計情報を分析
 アカウンタビリティーとは、何かに取り組んだ成果を客観的な数字で説明責任を果たすこと―山本教諭が授業の導入で「会計」の語源から説明すると、生徒たちは成績を知らせる通知表、模擬試験の結果について挙げた。また、同校の文化祭で扱う予算額や入場チケットの総売上についても触れ、生徒にとって身近なアカウンタビリティーについて説明した。
 そこで、企業も同じように、事業に取り組んだ成果を数字で報告することを、同パッケージの教材(1)「企業の生産活動と企業会計」を通してみていく。続く教材(2)の大手ゲーム企業の決算についての新聞記事では、売上高や純利益などの用語を意識させ、同社の好業績の理由がダウンロード販売やキャラクタービジネスへの展開にあることを会計情報から考察した上で、「企業の会計情報は誰にとってどんな目的で役に立つのか」を説明した。さらに、携帯電話大手3社などの貸借対照表を比較し、各社の特徴を分析させた。これらの会計情報の資料は山本教諭が経済雑誌から引用したもので、パッケージにある教材だけでなく、時期や状況に合わせて生徒たちが関心を持ちそうな資料を組み込むと授業はぐんと盛り上がるという。

効率と公正を具体例で理解
 後半は、「なぜ会計情報の開示・活用が必要なのか」について、もし開示されていなかったらどんな不利益があるのかという視点で解説。そのうちの1つ、経済全体の効率を損なう点について、教材(3)(4)で詳しく解説した。
 教材(3)は中古車市場や証券市場を、教材(4)は自動車保険や経営者と株主との関係を例に、「逆選択」や「モラルハザード」が起きる仕組みが図示されている。生徒たちは、会計情報の開示と活用が「公正な取引環境」を生み出し、利害関係者の利益を最大化する「効率的な行動」を促すことを学習した。

身近な話題を切り口に
 身近な事柄への興味・関心から、会計情報を開示・活用することの社会的な意義の理解へ生徒を導くには「生徒の言葉を教師が拾い、いかに次の発問につなげられるか」だと山本教諭は授業を振り返る。
 貸借対照表や損益計算書の事項解説だけでは、生徒は興味を持てない。身の周りにあるものと対照させつつ、既習知識と関連付けるのがポイントだという。「効率と公正」「逆選択」などの用語も、趣旨が理解できてから紹介する流れがよい。
 日頃からビジネス誌や新聞の経済欄などに目を通し、分かりやすく使えそうな「ネタ」をストックしておくと授業の展開にも使えるという。授業パッケージを柔軟に活用しながら「生徒の実態に合わせ、授業者の個性を生かした授業にしてほしい」と話す。


豊富な教材をもとに解説

教材はこちらから https://jicpa.or.jp/about/activity/basic-education/tools.html

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